マリエル・バイワース、または未来への輝くロマンティシズム
ジュエリーの世界とは驚くほどの歴史の感動と素晴らしい人々の逸話に溢れています。古くはエジプトやローマ、さらには中国の皇帝たちが身につけたア ンティークの世界。そしてマリー・アントワネットの《女王の首飾り》など華麗なる歴史。さらに、1920年代になるとアメリカの大富豪の女性相続人である バーバラ・フットン嬢の身につける素晴らしいジュエリーが、莫大な財産や七回の(!)結婚というセレブ伝説に並んで有名でした。
彼女のエレガンス伝説のひとつを紹介しましょう。彼女は世界で最も高級といわれたホテル・リッツのレストランで毎日、ランチを食べるのですが、注文するのは…ゆで卵だけ。
ジュエリーが漂わせるリッチな世界と、同時にシンプルであるライフスタイル哲学。それがマリエル・バイワースのジュエリー・コレクションにも生かされているようです。
ジュエリーとは、何カラットだとか、高価な値段の話ばかりではありません。ピカソ、マティス、ダリといった芸術家たちも創造の世界として、ジュエリーに高い関心を抱いてきました。
ジュエリーには人を魅了する強い力があります。ドレスや帽子やバッグの魅力とはまた違う何かなのですが、原石や真珠といった自然がもたらす霊的な力のようなものでしょう。
マリエル・バイワースのジュエリーは、まだ、その歴史を刻み始めたばかりです。マリエルは3年前に「マリジョリ」コレクションとしてデビューした若 くダイナミックなクリエイターです。彼女は大の旅好きで、作品には旅で得たインスピレーションが生かされています。指輪、ブレスレット、ネックレスやイヤ リングなど、彼女の作品のすべてがバロック的で、現代アートとして想像力を刺激されます。
周囲からの情熱的なほどの賛辞と高い評価を得て、しかも過去五代に渡り宝石商を営むパートナーの家族の支援も受けて、マリエル・バイワースはジュエリーの歴史に大きな一歩を踏み出しました。
マリエル・バイワースは感動を的確に表現するクリエーターと言えるでしょう。彼女の作品は彼女自身の写し絵であり、同時に自然と共に過ごした少女時 代の思い出かもしれません。自然から得たインスピレーションはやがて「マリジョリ」と命名されて、現代にアレンジされたロマンチックな愛の形となって表現 されています。
彼女は年にいくつものコレクション・テーマを発表していますが、基本となるのはあくまでも自然。彼女の少女時代はフランス語圏であるスイスの北の地 方です。秋の色づいた葉っぱには薔薇の雫(しずく)がきらきらと輝き、冬の朝には真っ白な雪の上に映る太陽の輝き、また葉を落した木々の枝が影絵のような 冬の景色…日本に来て、そうした光景がいつのまにか、彼女の心を捉えた《書》の世界と結びついていくようになった。
またインスピレーションは海の底の美しさからやって来る。彼女はよく海に潜り、水中でゆらゆらと屈折して見える珊瑚やヒトデや貝などの美しさに魅せられて、作品にも貝殻などが使われています。
彼女はスイス・ロマンド・グラフィック・アート・スクールのデザイン科で学び、ロザンヌにある芸術デザイン大学に進みました。彼女が学んだのはオブジェの機能性を重要視することで、オブジェの形と触感に対するこだわりでした。
さらに日本に滞在した影響もあります。彼女は創造活動の前には必ず何時間かのヨガを実行します。集中力を高め、忍耐など作品制作に必要な精神力をもたらしてくれます。日本の《禅》の境地と言えるでしょう。
彼女がいつも持って歩くもの、それはデザイン帳です。彼女が見るもの触るものから、インスピレーションを得たときに描きとめるのですが、緻密なディテールにはまだまだ彼女のこだわりがあります。作品が仕上がるまでにはAからZまでの長い過程があります。
原石は自然の大地の奥深くに眠る物質ですが、その《石》をジュエリーとしての嵌め込み作業を行ったとき、それは人間のイマジネーション(想像力)が生み出した作品となるのです。
クライアントが欲しい作品を作るのがマーケティングとすると、クリエイターのイマジネーションと常に一致するものではありません。ところがマリエル が本能的に感じて、提供するのは『人々がまだ欲しがると自覚していない』作品なのです。つまり、考えもしなかった作品の魅力に捉われて欲しくなる…彼女こ そ、本当の意味でのクリエイターなのでしょう。
彼女はさまざまなタイプの原石を好んで使います。高価ではないさまざまな石を取り入れるのです。例えば、トルコ石、シトリン(黄水晶)、アメジス ト、珊瑚やオニキスなどです。ジャクソン・ポロック(1940~50年代に活躍したアメリカの画家)の大好きなマリエルは現代におけるエレガンスの秘訣を よく理解しています。高価な石と現代的だけど安価な素材とを並べることにより、現代的な素材が、高価な石の保守的で虚栄的な要素を軽くして、神秘性を強め る効果があるという秘訣です。
彼女は自然が持つ二面性の装飾を尊重しながら、ヒューマニズムに富んだ二面性を創出します。
真のクリエイターとして、シックである極みとは高価な原石をオーソドックスに使うのではなく、価値はなくてもノーブルな素材とのコンビネーションに よって表現できることをマリエルは知っています。例えば、マリエル・バイワースはビニールの上にダイヤを置き、木製の素材にルビーを、革製品の上にカラフ ルな原石を添えます。
その手法はココ・シャネルが用いた《ノンシャランス》(さりげなさ)に共通するものでしょう。泳ぎに行くのにエメラルドを身につけたり、セーターの上に6連の真珠のネックレスを付けるように。それこそ、前述したホテル・リッツでゆで卵を注文するエピソードに似た精神です。
マリエルは現代のジュエリー哲学を彼女なりに追求しています。彼女自身が生きる時代のやり方で、彼女はこう語ります。
『私はルヴァンドル(中古販売)できるものではなく、ルシクレ(リサイクル)できる素材で仕事をすることにこだわります』
だが、同時に彼女の尽きることのないインスピレーションの源には伝統とアンティークへの敬意があります。伝統に関心を抱き、過去を否定することはあ りません。ジュエリーの歴史はまるでおとぎ話のようで、それは過去と現代の《ギブ・アンド・テイク》の関係です。クラシックとバロック、贅沢と節制との ミックスこそクリエイティブなのですから。
単にブレスレットというより、彼女が生み出したギリシャ・ローマ時代か、ビザンチン風のマンシェット(腕輪)はすでに多くのショービジネスのセレブたちに支持されています。
マリエルはダイヤモンドの同じデッサンを異なる色で繰り返して使います。色のわずかなヴァリエーションの違いがジュエリーの外観をまったく変化させてしまうことを熟知しているからです。
マリエル・バイワース作品を最も的確に形容するならば、長い年月を経る間に《タイムレス》(時代を超えた)になることでしょう。モード(流行)から 抜け出し、タンダンス(風潮)を越えてしまうことです。でも、彼女が作り出す瞬間において、ひとつひとつの作品は常に、その瞬間の子どもであり、創造の時 代を表しています。「今」から「永遠」に。
「マリジョリ」、それは渋さと輝きを持ったスタイルと言えるでしょう。
Françoise Moréchand - 2009